今日は、旦那の40歳の誕生日です。
健康診断予約しとこ(笑)
中学生の頃憧れていた同じバレーボール部の同じポジションだった男子の先輩と、同じクラスで生年月日血液型まで同じの旦那ですが、知り合ったのは社会人になってからです(笑)
そんなこともあるんですねぇ・・・。
しかも、同じ町内。
知ったときはびっくりしました。
さらに、旦那(高校は別だった)の初恋の人は、私が高校の頃同じ文芸部だった人でした(笑)
病気で休みがちだった彼女は2年生をもう1年やることになり、必修クラブなども同じ「華道」(似合わんとか言わないように)をやっていて、部室に一緒に飾ったものです。
結局彼女はその後も休みがちになり、卒業まであまり会うこともなかったのだけど、結婚前に2人で彼女と彼女の旦那さんと会いました。
ま、そういう関係もあるのか・・・ってなもんで。
縁って、不思議ですね。
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- 2009/07/03(金) 00:39:38|
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Lazy - Burnしゃべり方は初々しいですが、演奏スゴイですね。
「先輩やから・・・」に、ぷぷぷ(笑)
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- 2009/06/12(金) 00:37:51|
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子ども会のつきそいで、消防署見学してきました!
私は乗らなかったけど、はしご車にも何人かの大人が乗せてもらいました。
えー。
我が家から消防署まで歩いて5分ほど。
なんですが。
子ども会の集合場所は、全く反対方向に歩いて3分。
集合後、我が家の前を通って歩いて行く。
帰りも同じ。
ちょっと損した気分・・・。
ま、いっか☆
娘が1歳4ヶ月で熱性痙攣を起こして呼吸が止まってしまったり、長男が2歳のときにイスにぶつけて眉毛ンところ裂けて大量に血が出て縫ったり、次男が1歳になる直前にアイロン台(つうか、最近のアイロン置いておくとこ)に足をのせてしまってやけどしたりと、我が家のお子たちはみんな救急車にお世話になりました。
1分で来てくれましたよー☆
やけどした次男と一緒に入院していた頃、ジョン・サイクスは「BAD BOY LIVE!」で来日しておりました・・・。
ま、知ってても行けなかったとあきらめられます。
って、来日してたの知らなかったんですけど(汗)
消防署にたまたま次男を連れて個人的に見学させてもらいに行ったとき。
受付に見覚えのある顔が。
中学ン時、バレーボール部で同じポジションだったんで私らだけ男女一緒に練習していた同級生のM君ではないですか。
お互いに顔見て「あれ?」ってなりましたから、そんなに変わってなかったんでしょうか(笑)
彼とは高校でも2年の時に同じクラスになり、弟同士も仲が良くて、弟クンは我が家の弟の部屋に泊まりにきたりしていた。
父と彼のお母さんも同級生で、母とお母さん同士仲も良かった。
彼が仲間達と自転車に乗って帰りながら「ベイベ、ベイベ、ベイエイベ、ユア・マイ・エイ〜ンジェ〜ル」♪と歌いながら帰っていたのを見て羨ましく思ったものです。
Aerosmith - Angelそう、私らが高校2年のときは、1987年でした。
5月のビルボードのアルバムチャートの2位〜6位をHR/HM系アルバムが独占していたのだ。
(BON JOVI , CINDERELLA , WHITESNAKE , MOTLEY CRUE , OZZY OSBOURNE)
GUNS N' ROSESがデビューし、AEROSMITHは「PERMANENT VACATION」で完全復活した。
そういえば、弟がその同級生M君の弟クンに二井原実さんの「ロックンロールジプシー」を貸したまま戻ってこなかった(プンプン!)
今私が持っているのは、結婚後たまたま近所の古本屋に入ったときに見つけて即購入したもの。
おかげで初版ではありません・・・。
M君とは、一昨年、幼稚園の役員の集まりで消防署の救急法についての説明を聞くときがあって、そのときも会いまして。
バレー部では同じセッターで、ネット際で一緒にキツイ練習した戦友みたいなもんなんで、また会えるといいな!
今日は署内にいなかったけど(笑)
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- 2009/05/23(土) 17:36:24|
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二井原実さんのブログを読んでいたら・・・。
東京へ行くことがあれば、行ってみたい店がっ♪
明日オープンらしい。
Live Bar X.Y.Z.→Aしかも、毎週日曜日は田川ヒロアキさんのステージがあるらしい。
X.Y.Z.→Aの2年前の岡山でのライヴで橘高文彦さんとのツインギターを一度見たことがあるだけですが、やっぱり惹きこまれます。
一度このお店、行ってみたいなあ・・・。
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- 2009/05/22(金) 22:00:49|
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の記念にパチリ☆
参加している吹奏楽団で3年生から打楽器をやっていて、今年は6年生なのでパートリーダーとサブバンドリーダーを任されました。
ま、ドラムを前にするのは初めてなので、このまま続けてくれればいいな〜と思います。
旦那が、高校・大学時代に趣味でバンド組んでドラムやってたそうなので、娘がやってたらいつか見せてくれるかなあ〜と。アルフィーなどのコピーをしていたらしい。バイトして買ったドラムセットは学校に寄付したらしい(まあ置き場所もないんだけど・・・もったいない)
そりゃもう♪その吹奏楽団の女性の先生達が「ご主人カッコいいですねー☆」「まゆちゃんのお父さんかっこいいね」と言ってくれます。
ミュージシャンにミーハーはしますが、今のところ私の心の中では旦那が一番カッコいいです♪
ジョン・サイクスか旦那かってくらいです(のろけです、はい/笑)
でも、社会人になってから知り合ったので、まだドラム叩いているところは見たことがないんです。
共通の友人の男性がドラムスクールに行っているので、いつか彼にそそのかしてもらって、叩いているところを見せてもらえたらいいなー☆と思っています。
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- 2009/05/19(火) 15:36:35|
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オープロダクションのホームページJ9シリーズのキャラクターデザインを担当された故・小松原一男さんが、国際アニメフェア2009で功労賞を受賞されたそうです。
私などは「作画監督とは、具体的にどういうことをする人なのですか?」などと素人な質問を実際のアニメーターの方にしてしまったくらいド素人なのですが、その方はとても丁寧に教えてくださいました。
小松原さんをとてもリスペクトされている方で、2002年8月に行われた「小松原一男アニメーション画集出版記念上映会」にもその方は来られていました。
私も岡山から行きまして、「タイガーマスク」最終回を大きなスクリーンで見ました。
(はい。当時はこーゆーことしてたもんで、ロックを追いかけるのはX.Y.Z.→Aのライヴに行くのが精一杯だった)
2000年に行われた「小松原一男追悼上映会」に行くことができなかったので、この上映会にはどうしても行きたかった。
2000年は、小松原氏に続いて塩沢兼人さんも亡くなり、私はどうしても東京へ行きたかった。
そして、行ったのだ!
ホームページに来てくださっている関東方面の方々にたくさんお会いできた。
ロボットアニメサイト仲間の方々ともカラオケご一緒できたりした。
当日は・・・某お世話になった方のお宅に泊めていただき、お酒も飲んで、いろんなお話をした。
翌日、当時あった「アオニミュージアム」へホームページの訪問者の方々と一緒に行った。
まだ塩沢さんの声は殿堂入りしていなかった。
翌年2001年のホームページのオフ会は京都に行った。
ちょうど5月の末の土日だっただろうか。
いろんな新選組ドラマで土方歳三が当たり役だった栗塚旭さんの喫茶店にも行った(現在はお店をやめられているとか?)
栗塚さんは、数年前の大河ドラマ「新選組!」では、歳三の兄の役で出演されていましたね。
重厚な演技はさすがでした。
ご本人は、笑顔の優しいとっても温厚な印象の方なんですけど☆
1994年に光縁寺にお墓参りに行ったときの私のメモも光縁寺のノートに残っていた!すごい。
宿泊先でビデオデッキを借りて、みんなで銀河烈風バクシンガーを見たり、参加者の方が持ってきてくださった声優さんの貴重な映像を見たりした。
伏見寺田屋にもみんなで行きました。
幕末なオフ会も充実していてよかったです。
そして、2002年の「小松原一男アニメーション画集出版記念上映会」は新宿で行われたと思います。
当日はネット上でしかお会いしたことのないJ9ファンの方々とお会いできて嬉しかった〜!!
画集は、会場でまず販売されたと思います。
つうか、予約が入場条件の上映会だったかな。
いろんな作品が上映されました。
さらに、サイトのトップ画やその他ロボットの絵を描いてくださった韓国人の青年が、わざわざ日程を変更してまで私が東京に行く日に合わせて来日してくれたのだ!
彼に画集を譲ってしまったので、後日アニドウさんに通販をお願いした。
そのアニドウ代表のなみきたかし氏、そして小松原一男さんの奥様のナオ子さんが受賞式に出席されたそうです。
以下は、そのなみき氏が小松原氏に代わって賞を受け取り、挨拶なさった文章の一部を紹介します。
(全文は一番上に紹介しているオープロダクションのサイトにあります。)
「残念ながら小松原は9年前、2000年に病に倒れまして、僕らが憧れているアニメーターとしての輝かしい才能が失われてしまったのですが、最後に小松原が教えてくれたことがあります。
遺作となった作品は手塚治虫先生原作の「メトロポリス」という映画で、りんたろうさんという盟友の監督と一緒にした仕事でございますが、製作中に倒れて手術を受けても病室で仕事をなお続けておりました。腕が上がらないので自分が立ちあがって手をさげたまま作画をして最後まで仕事をしておりました。そういう.....つまり、アニメーションは命をかけてやる仕事である、ということを教えてもらった気がします。」
こういう人の作品を見てこられたことを嬉しく思うし、子どもたちにも伝えていきたい。
また、多くのアニメーターの方々が同じ様に誇りを持って仕事をされているということにも感謝しています。
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- 2009/05/14(木) 19:18:33|
- J9シリーズ
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